聖書って「世界中でいちばん読まれているベストセラー」なんですが、たぶんほとんどの日本人はちゃんと読んだことがないかと思います。
「アダムとイブ、ノアの方舟、イエス・キリストくらいなら、何となく聞いたことがあるなぁ」っていう感じでしょうか。
だって実際に読もうとすると、めちゃくちゃ分厚いですからね。汗
登場人物は多いし、知らない地名もいっぱい出てくる。
しかも途中から「これをしてはいけない」、「こうしなさい」とかいう細かい規則もいっぱい出てくる・・(;´д`)
そこで多くの人は「やっぱ宗教の本なんや」と感じて、読むのをやめちゃうんですね。
でも聖書が単なる宗教のルールブックじゃなく、何千年にもわたって展開する巨大な物語だとしたら、ちょっと印象が変わるかもしれません。
聖書って、旧約聖書と新約聖書の2つがあるんですが、「旧約」と「新約」の“約”っていうのは「契約」のことです。
★旧約聖書・・神様とイスラエルの民との「古い契約」について
★新約聖書・・イエスを通して示される「新しい契約」について
旧約聖書と新約聖書は別々の2冊じゃなくて、前編と後編みたいな関係になっています。
漫画のワンピースで考えるとイメージしやすいんですが・・、
旧約聖書ではたくさんの伏線が張られてて、新約聖書で「あれはここにつながるんや」っていう感じで完璧に回収されていくんです。
だから旧約聖書と新約聖書を一本の物語として読むと、めちゃくちゃ面白くなります。
旧約聖書の内容を、めちゃくちゃ簡単にまとめると・・、
神様が世界と人間を造った。
でも人間は、神様の思い通り正しくは生きない。
正しいことを教えられても、何度も同じ失敗をする。
神様を信じたと思ったら疑って、助けられたと思ったらまた神様から離れていく。
そんなことが長い歴史の中で、何度も繰り返されています。
つまり旧約聖書を通して、「人間は、自分の力だけで正しく生きられるのか?」っていう大きな問題が流れているんです。

旧約聖書に出てくるのは「立派な人たち」じゃありません。
・嘘もつきます。
・人をうらやましがります。
・権力を持って道を踏み外します。
・欲望に負けます。
・不倫もします。
・しかもその不倫相手のパートナーを殺したりもします。
ハッキリ言って、もうめちゃくちゃですよね・・(´д`|||)
神様を信じている人でさえ、こんな失敗を繰り返しちゃうんですね。
だから旧約聖書は、「人間って、何千年も前から同じような失敗をしてるんやな」と思わされる本です。
そして面白いのは、そこで終わらないことです。
人間が何度失敗しても、神様はそこで全部を投げ出しません。
何回も何回も人間に働きかけて、関係を立て直そうとしてくれるんです。
なので旧約聖書というのは・・、
「人間が失敗する物語」と、「それでも神様が人間を立て直そうとする物語」って考えると分かりやすいですね (*´ω`*)
ただ旧約聖書を読んでいると、途中から細かなルールがたくさん出てきます。
ここで「これ全部、自分も守らないといけないの?」と思うと、しんどくなってしまいます。
でも安心してください♪♪
旧約聖書というのは、昔のイスラエルの人たちに向けて書かれたもので、彼らが神様との約束をして与えられたルールに過ぎないんですね。
だから僕たち日本人が、「聖書に書いてあるから全部そのままやらなければ・・」なんて考えなくてもいいんです。
でもそれらのルールを通して、「神様の基準」を知ることはできます。
そして人間の努力だけでは、到底その神様の基準には至らないってことも長い歴史の中で語られています。
じゃあ、僕たち人間はどうすればいいんでしょうか?
神様はこの問題をどう解決するんでしょうか?
そんな疑問を残したまま、物語は新約聖書へつながっていきます。
旧約聖書で語られてきた「人間の力だけではどうにもならない」っていう問題に対して、新約聖書では神様がどう答えたのかが描かれていきます。
そして新約聖書の中心に登場するのが、イエス・キリストです。

キリスト教っていうと、「神様の言うことをちゃんと守った人が天国に行ける」というイメージを持っている人がいるかもしれません。
でも聖書の中心にある考え方は、それとはぜんぜん違います。
人間が完璧になって神のところまで登っていくんじゃなくて、神様の方から人間を救うために近づいてくださった。
その中心にいるのが、イエス・キリストです。
だから新約聖書では、「もっと頑張って良い人間になりなさい」って語られている訳ではありません。
そうじゃなくて、「人間は自分の力だけではどうにもならないから、神様が救いの道を用意した」という話が中心になっています。
そうやって大きな流れを把握していると、旧約聖書と新約聖書の内容もめっちゃ分かりやすくなります。
旧約聖書は、人間が抱えている問題を長い歴史の中で見せる前編。
新約聖書は、その問題に対して神様がどう答えたのかを見せる後編。
だから旧約聖書を少し知ってから新約聖書を読むと・・、
「ああ、だからイエスがこういうことを言っているのか」と分かる場面が増えてきます。
逆に、新約聖書を読んでから旧約聖書へ戻ると、「この話が、あとでここにつながるのか」と気づくこともあります。
映画やドラマなどで、最初は意味が分からなかった場面が、後半になって伏線だったと分かることがありますよね。
聖書にもそれと似た面白さがあるんです。
そして聖書を読むときは、最初のページから最後まで、順番に全部読まなくても大丈夫です。
新約聖書の「マルコの福音書」や「ルカの福音書」から読み始めて、「イエスって、実際にはどんな人だったんだろう?」くらいの気持ちで読んでみてもいいと思います。
そのあとで旧約聖書を少し読んで、また新約聖書へ戻る。
そうやって行ったり来たりしているうちに、少しずつ1本の物語としてつながってきます (*´ω`*)
聖書っていうと・・、
「良いことをしなさい」
「悪いことをしてはいけません」
という宗教の教科書的みたいなものを想像する人も多いと思います。
でも実際には、もっと壮大な物語が書かれています。
・人間とは何なのか?
・なぜ人は争うのか?
・人を愛するって、どういうことなのか?
・なぜ人は正しいことが分かっていても失敗するのか?
・神様がいるとしたら、人間とどんな関係を持とうとしているのか?
・そして失敗を繰り返す人間を、神様はどうしようとしているのか?
そういうことを、めちゃくちゃ長い物語を通して描いているのが聖書です。
だからクリスチャンじゃなくても、「世界中で何千年も読まれてきた本には、いったい何が書いてあるんだろう?」くらいの気持ちで開いてみればいいと思います。
旧約聖書は、「人間はまた失敗してるな。でも神様はどうするんやろ?」と思いながら読む。
新約聖書は、「その問題に、イエスはどう答えるんやろ?」と思いながら読む。
それだけでも聖書はめちゃくちゃ楽しく読めます。
そうやって読み進めていくと、バラバラに見えていた話が少しずつつながって・・、
「あぁ、聖書ってこんな大きな話をしていたのか」と見えてきます。
さらに言うと、聖書は過去に何が起こったのかだけを書いてある本ではありません。
「人間が今をどう生きるべきか」を示しながら・・、
「これから世界がどうなっていくのか」っていう未来についても語られています♪♪
つまり聖書は、過去を知り、現在を生き、未来を考えるための本でもあるんですね (*´ω`*)
ここまで読んでくれたあなたは、聖書はもう「難しい宗教の本」なんかじゃないと分かってくれたはずです。
めちゃくちゃ長くて、めちゃくちゃ面白い物語なんですよね。
っていうか、これほど大切なことが書かれている本は、世界中探しても他にはありません。
ぜひこの機会に、一度読まれてみてはいかがでしょうか?
